日常グルーヴ

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上野の森美術館「怖い絵展」の独善的感想を並べてみる


 現在上野の森美術館で開催中の「怖い絵展」を観てきた。

実はこの展覧会を知ったのはけっこう最近である。

目玉絵画である「レディ・ジェーン・グレイの処刑」の大きな広告看板を吉祥寺駅のホームから見たのだ。

 

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この時、凄まじい絵のインパクトに立ちすくんだ。

そして決心した「これは行かねばならぬ」。

台風明けのとある平日に、犬の散歩をそそくさと済ませてから上野に向かった。

 

チケットを会場で購入しようとしたが、公園改札口付近にある美術館チケット販売所に「怖い絵展は入場待ち時間30分」との表示を見つけ、このブースで買うことにした。(ここでも購入者が7人並んでいた)

ついでに既に開催中だが東京都美術館の「北斎とジャポニスム展」のチケットも同時購入。(前売りをなぜ買っておかなかったのか激しく後悔)

 

チケットを手にし、歩道の潰れた銀杏の臭気を気にしつつ、ルンルンと美術館へ向かった。

 

 

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到着したものの、入り口はやはり混んでいる。

しかし、会場でチケットを買う人の行列を見ると、前もって駅で買ったことは大正解。人数制限をかけているので、自分の番までは20分くらい待ったと思う。

並ぶ前に、テーブルに置いてある展覧会の解説書をもらって、それを読みながら待つと苦にならないし、入場前の予備知識も得られるので一石二鳥だ。

ロッカーが入り口の外に並んでいるが、連れがいないと利用しずらい(列から離れるのも気が引ける)から、1人ならば、並ぶ前に荷物を入れてしまったほうが良い。

 

「怖い絵展」とは、ドイツ文学者の中野京子氏が、絵画の隠された「怖い」背景や物語を解説した美術著書「怖い絵」をベースに、観ただけではわからない、裏に「恐怖」のある絵画ばかりを集めた展覧会である。

中野さんは「世界一受けたい授業」にも登場して絵の解説をされていて、私もその回はワクワクして観たことを思い出す。

 

今回は音声ガイドも利用した。

絵画の裏の細かい解説は、この展覧会においては必要だと思ったから。(吉田羊の声がピッタリ)

 

 ではこの展覧会で気になった絵の感想を書いていこう。

 実際の作品のいくつかはこちら↓のサイトで確認できる。

http://www.kowaie.com/sakuhin.html

 

第1章の「神話と聖書」の怖い絵ではギリシャ神話や聖書に登場する人物についての絵画だ。

神話や聖書を題材にした絵画は子供の頃から大好物である。

ここではギリシャ神話のオデュッセウス氏が翻弄されている作品が数点。

「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」

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アイアイエー島に住む(言いづらい!エイエイオー島ではありませぬ)魔女キルケーから毒杯により、豚にされそうになるオデュッセウス氏であったが、難を逃れどうしたことかキルケーとデキてしまい、1年一緒に暮らしてしまうという物語がこの絵にはあるらしい。1年間というのが妙にリアルで笑える。

この絵の作者のジョン・ウィリアムス・ウォーターハウスはラファエル前派の1人で、私のお気に入りの画家である。

ウォーターハウスの描くキルケーの登場する絵画では、他にも「嫉妬に燃えるキルケー」というものがあり、今回の毒杯キルケーさんと私は初対面だ。

ウォーターハウスは「あおり気味」の女性を描かせたらNo1ではないか?というくらい私はこの方の「あおり気味」女性が大好きだ。(「シャーロットの乙女」とか最高)

逆に「嫉妬に燃えるキルケー」はあおりではなく下からの上目遣いで、こちらもかなり迫力がある。

オデュッセウス氏は妻子と別れて(実は子供までできていた!)故国へ帰ることにしたという。おまえは光源氏か!キルケーはギリシャ神話版の明石の君である。

その後に「オデュッセウスとセイレーン」という作品(ハーバート・ジェイムズ・ドレイパー作)がくるのだが、サイレン(警報)の語源となった海の魔女セイレーン(下半身が魚の人魚を思い浮かべればよい)が船上のオデュッセウスを襲う。

彼だけがセイレーンの歌声を遮断する耳栓をしていなかったので、海へ飛び込まされそうになるシーンの作品だ。

 

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怖い!オデュッセウスの目が完全にイっちゃっているのがよくわかる。

セイレーンは船に上がるにしたがって下半身が足になり、腰を覆う布までできてしまう、意外にも羞恥心のある魔女なのであった。

オデュッセウスはなぜキルケーに教えられた通りに、船員達のように蜜蝋の耳栓をしなかったのだろうか?

セイレーンの歌声を聴きたいがためだったのか、歌声が止んだかどうかの判断を自分が体を張って確認するためだったのか。

私は多分、好奇心から歌声をどうしても聴きたかったんだろうな~と思う。

「好奇心は身を滅ぼす」の格言を地でいってしまうオデュッセウスは、英雄でもけっこう危なっかしい男なのであった。

 

この最初のフロアは音声ガイドの聴ける作品が4つもあるので、入り口が混雑する原因となっている。運営は「あちゃ~」と思ってももう遅いのである。

 

 

第2章は「怪物・悪魔・地獄」の怖い絵。

キリスト教におけるアンチテーゼとして生まれた悪魔や地獄であるが、絵画上ではみんな魅力的である。

ヘンリー・フューズリの「夢魔」があった。

ビアズリーの「サロメ」がなぜこのセクションにあるのか?と思ったら、怪物としての女性、運命の女性(ファム・ファタール)扱いということだった。

 

第3章の「異界と幻視」の怖い絵は、日常に潜む不可思議なイメージと幻想がテーマだ。

骸骨=死神だが、骸骨がそのままの姿で立っている図というのはなかなかマヌケだ。

この中で、ルドンの「エドガー・ポーに」より「Eye-Balloon」と「仮面は弔いの鐘を鳴らす」の作品があったことに驚き。最近買った本の中で知ったばかりだったからだ。

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会場で観るまでわからなかったのだが、バルーンが載せているのは首なのである。

本には説明が無かったことなので非常に驚いた。

ルドンは一つ目巨人の「キュクロプス」や「オルフェウス」などはうちの画集で知っていたが、初めは木炭画や石版画、銅版画等の白黒の画ばかりを描く画家だったとは意外だった。

 

 

第4章は「現実」の怖い絵だ。

上記のルドンと同様、最近見たゴヤの絵のシリーズの一つであった「戦争の惨禍」があった。残酷極まりないシリーズなんだよね。ペン画だけど。

「希望」で有名なワッツの作品は「発見された溺死者」・・・都市生活の中の貧困が関係しているという。

驚きなのが、日本人が大好きなあのセザンヌも怖い絵を描いていた!「殺人」という作品で、まさに今殺人を犯そうとしている二人の人物を描いたものだ。でもタッチはちゃんとセザンヌなので安心である(?)

 

第5章は「崇高の風景」の怖い絵だ。

風景画で怖いってなんだろうと思ったが、ソドムやポンペイの天災の風景が描かれていた。

ソドムは聖書に出てくる背徳の行いの末、神に焼かれた街だが、ポンペイはイタリアに本当にあった街だ。

ここでは私の好きなモローの「ソドムの天使」が観られて嬉しかった。

天使は優しく人間を助けるようなイメージだが、ひとたび神の命を受ければ、人間などたやすく滅ぼす苛烈さがあるようなことを解説文で読んでけっこう戦慄。

 

 

第6章は「歴史」の中の怖い絵だ。

ジェリコーの「メデューズ号の筏」があって一瞬興奮したが、よく見ればジャック=エドアール・ジャビオという画家の模写であった。

だよなー・・・ジェリコーのものなら、もっと話題になっているはずだもの。大きさが全然違うし・・・初めに気付けよ!と。

 

最後のフロアにこの展覧会の看板絵画「レディー・ジェーン・グレイの処刑」がある。

大きな絵だ。

 

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最近「美の巨人たち」でも取り上げられたので、知った人も多いだろう。

とにかくこの絵を初めて観た時は、この女性に何が起こったのか知りたくてたまらなくなった。

絵には「どうして」とキャッチコピーが付いていて、「どうして私が死ななければならないの?」とジェーンの震える声が聴こえてきそうである。

番組では、絵をより劇的に表すために施された仕掛けを解き明かしていて興味深かった。

例えば史実では、ジェーンの処刑場所は外だったし、純白のドレスは黒で、処刑人は仮面を付けていたのだそうだ。

画家は権力闘争に巻き込まれただけで処刑される、ジェーンの潔白を表すためにそのドレスを白にしたそうだ。

さらに当時の処刑人は仮面を付けていて表情がわからないようになっているのに、この絵では仮面は無く、逆にジェーンへの哀れみを見てとれることから、誰もがこの処刑を不条理に思っていることを示しているという。

一番の仕掛けは場所を屋内にしたことだ。

暗い室内にしたことで不安や緊張や恐怖を盛り上げ、当時は目新しかった上からの光(スポットライト)でジェーンを浮き上がらせて、舞台劇の1シーンのように演出している。

実際ドラローシュは演劇舞台関係の仕事もしていたそうだ。

そしてジェーンは普通よりも、比率的に小さく描かれているという。番組の説明では処刑人の大きさを10とすると、ジェーンが6の対比になっているそうだ。

小さく描くことで、大きな人物が小さな華奢な少女の命を奪うことの抗えなさを強調しているという。

だが、私が一番衝撃を受けたのはジェーンのポーズだ。

これが死を前にして、神に祈りを捧げているポーズなら、ここまで心は動かされなかった。

聖職者に促されるままに、自分の首を差し出す断頭台を探しているジェーンの左手の様子が、ひどくリアルに感じるのだ。

こうしなさいと言われたからこうする・・・その先に何が起こるかわかっていても、きちんと従ってしまう。毅然と死を受け入れることができているからというより、どんな少女も持っている従順さを感じてしかたがない。

このジェーン・グレイはロンドン塔の屋外の一画で処刑が行われたそうだが、私はこのロンドン塔には昔行ったことがあるのだった。

当時は観光スポットの一つとして、のほほんと中を観て廻ったのだが、ああいう場所は、本当に歴史を充分知った上で行かなければならない。今では後悔ばかりである。

 

 

「怖い絵展」は、誰もが知る大作が来ているわけでもないのに、毎日大盛況のようだ。

これは「怖い」が大好きな日本人の気質をくすぐる企画の勝利だと思う。

この調子で名画にこだわらず、あるジャンルに絞った企画展が今後も増えると嬉しい。

こんな絵があったのか!こんな画家もいたのか!という発見はとても楽しい。

現に私は「レディ・ジェーン・グレイの処刑」を知らなかったし、画家ドラローシュも今回初めて知ったのだもの。

 

中野京子さんがおっしゃる、「絵は感じるよりも知った方が面白い」の言葉は今回の展覧会で激しく理解した。

名画からは、観てそのままをを感じとれば良いのだという意識はもう古いのである。

絵画は読み解いて楽しむものなのだ。

今では、自分の好きな絵画の全ての背景と意味が知りたくてしかたがない。