日常グルーヴ

毎日を軽やかに過ごすための雑記ブログ

墓地・霊園にするか納骨堂か

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お墓参りのハードルが高くないか


お盆である。

亡くなった人が、8月14日に馬に見立てたきゅうりに乗ってあの世から帰り、16日に牛に見立てたナスに乗ってゆっくりあの世に戻っていく。ナスときゅうりに足がついている理由がそれだったとは大人になるまで知らずにいた。というか意味を考えたことが無かった。

一般的に8月13~16日だが、東京はその一ヶ月前に迎える。

 

お盆といえばやはりお墓参りのイメージが強い。

しかしお墓参りというのは、けっこう悩ましい行為ではないだろうか。
夫の家の墓参りを暑い時期、寒い時期にすることがあるが、場所は車で1時間半はかかる、東京でも郊外の地だ。

寺の檀家なので、義父母が住職への手土産と挨拶を済ませる。

それから水桶を運んで足場の悪い場所を靴を汚しながら歩いて到着。

墓掃除して、買ったお花と線香あげてと、なかなか大変だ。
そのせいで、というか一番の理由は距離だが、法事のある日や特別にお寺に用がある時以外は、義父母もめったに墓参りには行かないことになっている。
あげたお花もすぐに枯れてしまうだろうけど、その花を取り除く役目は一番近い場所に住む親戚が行なっているのだろうか。

いくら遠い場所にある墓といえど、継ぐのは今のところ私達夫婦だ。子供がいないので、今後お墓の維持はどうなるのかは、考えておかねばならない重要な課題である。正直気が重い・・・


私の父の実家は東北で、元々の先祖の墓はそちらにあるが、東京で就職してからはずっとこちらで暮らしていたので、実家の墓に入ることは初めから選択していなかったと思う。そちらの墓は今では兄弟の子供達が継いでいる。

私や母がお墓について真剣に考えたのは、父が亡くなる直前になってからのことなのだが、人によっては生前に自分の墓の準備をしている。私の祖父や夫の祖父も、元気なうちに自分で墓石を選んで用意していたと聞いている。

 

 

墓ではなく納骨堂がある

 うちは二人姉妹なので、結婚後に実家の墓を継いでいくことは大変だろうと、なるべく負担のないように母も考えいたのだろう。当時、父の入院中、新聞の折り込みで某納骨堂の広告がきていることを電話してきた。

墓地や霊園ではなく納骨堂。
私はそれが墓の代わりになることを、この時に始めて知ったのだ。


通常個人が墓を建てるまで、墓地なら寺の檀家となり、法事等は寺の住職により本堂で行われるが、寄付など寺を支えていく為の様々な出費も覚悟しなければならない。

檀家制度のない霊園に墓を建てる場合、永代使用料や墓石建立費用、管理費等々、場所にもよるが、200万円以上はかかるらしい。お墓まずはこういう費用の負担が大きいのが問題だ。

霊園には決まった住職が居るわけではないので、お経をあげてくれるお坊さんなどは法事のたびに自分達で頼まなくてはならない。お寺関係のツテが全く無ければ、今時はお坊さん派遣の会社もあるので、(同じ宗派のお坊さんに頼める)利用すればコストを下げることもできるようだ。

法要後の会食は、寺なら部屋を借りられるので専門の仕出し屋に料理や飲み物を頼めるが、霊園での法要では個人で店を予約しておく必要がある。(法事でよく利用される店なら、マイクロバスを用意しているところもある)

どちらもそれなりにメリットはあるだろうが、デメリットばかりに目がいってしまう私たちだった。


広告の納骨堂は、個人墓よりも1/3程度で済むようだった。

1万円ちょっとの年会費さえ毎年払っていれば、法事以外にかかるお金は無し。お得。
しかし墓参りは場所も重要だ。
墓地は都内にもちらほら見かけるが、霊園というのは土地の広さが必要だから郊外にあるものだ。母はもちろん私ら姉妹も年をとれば遠いところへの墓参りは一苦労だろう。車を使えばいいじゃないかと思うかもしれないが、運転できる人がいつまでもそばにいるとは限らない。仮に誰かに頼んだとしても、お礼だなんだと、とても気を遣って面倒くさそう。タクシーで行く方法もあるが、墓参りの後に会食をするなら、また電話でタクシー呼んで移動して店で食事、その後にまたタクシー呼んでそれぞれの家まで移動して・・・となるので、いくらかかるんだー!と毎回うんざりすることだろう。

うちが決めた納骨堂は都内の街中にあり駅から徒歩2分。アクセスは言うことなし。

1Fが小さいが本堂になっているので、法事も行うことができるし、会食場も、駅に近いレストラン等を選んでおけば全員帰りが楽だ。

そして何年も先になるが、納骨堂の年管理費を払う人(私達姉妹)がいなくなったとしても、両親の遺骨は無縁仏になるのではなく、京都の霊園に合祀され永代供養されることになっているので心配はいらない。


こうして父が亡くなった後、既にここに決めていた母は、いつもはのんびりなのに、空きがなくならないうちにとテキパキ行動して、無事に契約をすませた。
ゆくゆくは母も父と同じ場所に納骨するので、この時点でもう死ぬまで墓について悩む必要はないわけだ。

 

 

 お墓参りが身近になった

 納骨堂にして一番良かったのは、お墓参りが気軽にできるところだ。
まず手ぶらでOK!お花もお焼香台も(火がNGなので線香ではない)ついてるし、各フロアはガラスのブースで仕切られているので隣は気にならない。
ブースごとに観音開きの扉があり、カードを翳すと開く。左右にお花を飾った墓石(黒御影石)には碑銘部分に骨壷の入ったうちの厨子がはめ込まれる仕組みだ。家紋と名前が刻印されている部分が見えるので、「我が家のお墓!」のように見えるのだ。うまい仕掛けだと思う。
それに遺影用デジタル写真たてがある。そこに父の写真と家族で撮った写真2種が交互に表れるようになっているのだが、これは有料。写真データ登録だけなのにけっこう高かった。
手ぶらでいいのだが、そこはちょっとお墓参りらしく、父の好きだった食べ物を少し用意してきて、お供えする。
お参りが終わったら供物を片付けて、扉を閉じて(自動)終わり。

その後はいつもみんなで(主に私と母と姉)ファミレスでデザート付きランチ。フリードリンク飲みながら延々とおしゃべり。それがあるからよけいに、お墓参りは楽しい行事になっている私たちだ。

「お墓参り行くー?」

「行く行く!いつにする?」とね。

 

ここの納骨堂に着くまで、私は1時間ちょっとかかるが、姉の家からはバスで20分ほどなので、何かの用のついでにも、お参りに寄ったりしているそうだ。

 

まとめ

  この先の日本は、子供の数もますます少なくなるだろうし、将来的に墓を継ぐ者も、その意識もなくなりつつあると思う。

納骨堂のようなシステムが一般的になっていくことは、「家」=「墓」を継ぐ役目から解放される意味があるだろうし、結婚へのハードルを低くする、一つの要素になるのではないかと思っている。